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地震。

 こんにちは。設計室の〈み〉です。

 昨日大分で、珍しく大きな地震がありましたが
 皆様大丈夫でしたでしょうか?

 さて、大震災と言えば、皆様、東北地方太平洋沖地震が
 記憶に新しいかと思いますが、私は実は、少し昔の
 阪神淡路大震災の被災者なんです。
 当時、西宮市に住んでいて、震度7をリアルに経験して
 いるので、未だに少しの揺れでも敏感になり、当時の記憶が
 フラッシュバックして、もの凄い恐怖感に襲われてしまいます。

 当時のことを少し書かせていただきます。 
 私は鉄骨3階建のお家に下宿していましたが
 ドーンという凄い音と、激しい揺れに目を覚まして
 布団の中で、とにかく揺れが治まるのを待っていました。
 揺れが治まって布団から出ると、部屋はめちゃくちゃ。
 とりあえず、無事を知らせようと実家に電話するも
 まだ報道される前だったので、母に「地震ぐらいで」と
 笑い飛ばされたのを覚えています。
 状況を教えてもらおうと、そのまま電話を繋いでいたら
 「震度7って!!」と母が慌てた声で教えてくれました。
 下宿仲間に呼ばれて、寒い中、パジャマに裸足で外に飛び出ると
 あちこちで煙が上がり、ガスの臭いが充満していました。
 続く余震に、怖さから部屋に戻れず、暫く寒い中
 下宿仲間と外に佇んでいました。
 揺れが少し治まってから、部屋に戻りましたが
 皆、怖くて一人になれず、真冬の極寒の中、各部屋のドアと
 玄関ドアを開けて、いつでも外に飛び出せるようにしていました。
 日が昇ってから外を歩いてみると、倒れた家屋がそこらじゅうにあり、
 道路は車が通っていないので異常な静けさで 
 コンビにには食べ物が一切なく、スーパーの前では人と人が
 食べ物の取り合いをしている…。
 水が出ないので、公園のトイレなどは不衛生極まりなく
 昨日まで、当たり前だった豊かな日常の風景は、一瞬で
 ここは本当に日本…?というようなものに変わってしまっていました。

 電車が復旧してから実家に戻り、ライフラインが復旧してから
 下宿先に戻ったので、復興していく過程での苦悩を
 味わってはいない、少々あまちゃんな部分もございますが
 自分の目で現実を見たからこそ、感じたことが色々あります。
 
 もう19年も前になりますが、「揺れ」に対しての異常な
 恐怖心は少なからず残る心因的な傷だと自分では思います。

 3.11の後、今まで以上に各社「大地震」を想定した住宅を開発しています。
 それでも悲しいかな「絶対的な安全」というものは存在しないのでは
 ないかと、度重なる災害の情報を耳にしては思う毎日です。

 「安心」「快適」は絶対条件のように各社掲げる目標です。
 私たちも然り。
  家に関わるお仕事をさせていただく上で、自分がしてきた経験もふまえ
 ローコストであっても、強度に関しては手を抜きたくないということは
 常に頭の中にあります。

 「安心」を震災体験者として。
 「快適」を主婦の目線、母の目線、働く人の目線で。
 いずれも、経験者として皆様と一緒に考えて行けたら嬉しく思います。


 お問い合わせはお気軽に。

 法友建設株式会社
☎097-523-2927(代表)

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